きっかけは、セルフケア。
母との突然の死別。
子育ての悩み。
自己否定。
きっかけは自分の苦しさとどう向き合うか、どうしたらもっと楽に生きられるか、でした。
2015年にカラーセラピーと出会い、TCカラーセラピーを学んだことから、「学ぶことで得られるもの」に気づきはじめました。
と言っても、ほとんどは学校では教えてくれなかったこと。
自分は今何を感じ、何に苦しんでいるのか。
どうしたかったのか。
そしてグリーフケア、そしてアドラー心理学と出会います。
学びと活動
一般社団法人 日本グリーフ専門士協会で、グリーフ専門士としての学びをスタート。
知識、語る機会と場所、そして仲間を得たことで、心の奥底に石のように固まって沈んでいた痛みが、少しずつ癒されていきました。
カラーセラピストとしてのイベント出店や、地元コミュニティFM(ミヤラジ)への出演などの際に、まだまだ認知度の低い『グリーフケア』というものの啓蒙活動を続け、少しずつご相談も頂くようになってきました。
現在でも月に一度のボランティア(グリーフケアCafe宇都宮の運営サポート)、協会内外での公的・私的勉強会などで実践と学びを継続しています。
続く喪失
一方で、私の喪失体験は続きます。
友人や愛犬の死、家族の障害、人間関係など、広義狭義のグリーフの連続。
表向きは明るく元気に過ごしていても、心の奥底で血と涙を流し続けるような日々でした。
そして、コロナ禍のタイミングと重なり、セラピストとしての活動や、ブログやSNSでの発信が止まりました。
グリーフケアやセラピストとしての活動の中で得ることができた仲間たちに、折に触れ想いを聞いてもらえたこと。
自分の内面と向き合い方を会得していたこと。
そして、学び続けていたこと。
これがなかったら、乗り越えられなかったかもしれません。
さらにコロナ禍の中、2022年に乳がんの告知を受けました。
手術と治療により通常生活に戻るも、同じ時期に同じ病気で2人の友人との別れを経験するなど、改めて死や人生について深く考える機会となりました。
※広義狭義のグリーフ
死別による喪失体験から起こる心身の反応、痛みを『狭義のグリーフ』とすると、死別以外の喪失、例えば離別、環境の喪失(転居、転校・転職など)、健康な心身の喪失(ケガ、病気、障害など)、当たり前に得られるはずだった未来の喪失(経済的困窮、不登校、介護・看護、災害など)などによる心身の反応や痛みが『広義のグリーフ』である
私の使命
空に還った大切な友人が、私に残してくれた大切な言葉があります。
なんでも自分でやってしまう責任感の強い友人からのメッセージ。
そこには、
・病気になることで周囲の手を借りざるを得なくなったこと
・甘えることを覚えたことで、心からみんなからの行為を受け止められるようになったこと
が綴られていました。
そして、
「どれだけみんなが私のことを大切に思ってくれているか、病気だけど、泣いてしまうくらい今は幸せだよ。」
「さち先生は、差し伸べられた優しさいっぱいの手を、握り返す勇気を教えてくれた大切な存在です。
私以外にも甘えられなくて、独りで頑張っている同じような女性にひかりを灯し続けてください。」
と書かれていました。
学んだこと、そして仲間たちから教えてもらったことを伝え続けることで、友人が幸せな気持ちで人生の最後の時間を過ごせたことを知り、とても嬉しかった。
だから、これからも伝え続けていきたいと思います。
私がしたいこと
私にできること
死別をはじめとする喪失体験、子育て、夫婦関係、人間関係、障害や個性による生きづらさ、環境の変化などと向き合う方達が、
・素直に周囲の助けの手を借りながら
・その人に合ったペースで問題と向き合い
・自分を癒し、受け容れながら
・少しずつ自分の手の中にある小さな幸せに気づき
・勇気をもって新しい1歩を踏み出す
ために、できることを常に模索中。
現在、起業に興味がある女性を中心に、
・初心者でもよくわかるビジネス関連のアドバイザー
・マインドセットサポート
・起業準備期間、および起業後のメンタルサポート&トータルアドバイザー
としてミニセミナー開催、単発個人セッション、および長期アドバイザー(顧問)事業を展開。
社会貢献的事業として
・子どものためのパステル教室(サードプレイスの提供)
・保護者のための子育てに役立つコミュニケーション講座
・アドラー勉強会主宰
・起業・市民活動等に興味がある人のための交流会主催
・グリーフケアCafeうつのみや運営メンバー
・グリーフを抱えた方の再生(社会復帰)の足掛かりとなる単発ワークショップ
などを行っている。
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座右の銘は"Pay it forward"(恩送り)。
今、手の中にある幸せに感謝し、自分のできることで誰かを幸せにする。
その輪を広げることで、自分の生きる世界が幸せなものとなると信じています。